山陽オート所属の36期・三宅真央選手にお話をお聞きしました。
(取材日12/30)
―昨年はどんな一年でしたか?
2024年10月から半年間休んでいて、その不安もありましたし、復帰したタイミングで1級車に乗り替わったこともあって、いろいろ不安がありました。ですが、グループの先輩をはじめ皆さんに、エンジンを仕上げていただいたり、足回りも見ていただいたりして、復帰に向けて支えてもらえたおかげで、やっと戻ってこられました。最初の1か月はなかなかうまく乗れなかったんですけど、だんだん乗れるようになってきて、初めて優勝戦にも乗ることができて...。昨年は2回、優勝戦に乗ることができたんですけど、まだ自分の甘さが出てしまって、タイヤやコース取りがダメだったりして、優勝できなくて。ハンデがどんどん下がってくるので、今の力のままだと、チャンスを生かしきれないと次にまた優勝戦に乗るのは厳しいと思っています。取り切らないといけないところを2回も取れなくて...。これだけ見ていただいているのに、結果で返すことができなかったのが悔しいですし、申し訳ない気持ちでいっぱいです。そういう一年でしたね。
―初めて優勝戦に乗ったのが川口だったんですよね?
夏に乗って、3着でした。
―どのような状態でしたか?
すごくエンジンが合っていて、ハネもなくて乗りやすかったので優勝戦まで行けたんですけど、そこでまた、自分の経験値のなさというか、緊張しすぎてフライングを切ってしまったりして...。そういうミスでパニックになって、全然レースができなかったので、落ち着かないといけないなってすごく思いました。気合が入りすぎちゃった感じですね。
その後、地元でも(優勝戦に)乗れたんですけど、残り1周くらいでタイヤが跳ねてダメでした。その時はグループの方がいたので絶対優勝したかったんですけど、できなくて、かなり泣きました。泣いても仕方ないんですけど、自分が許せなくて...。そこから3か月は全く着に絡めず、(最重ハンデの)20メートル前になってからも、3か月で3回くらいしか連に絡めなくて...。
―ハンデが下がってくると、レース展開も変わってきますよね。
スタートも前を見ちゃって切れなかったりして、全然ダメです。
―復帰していきなり1級車でしたけど、2級車との違いはどうでしたか?
スタートの出ていき方が全然違うので、今までと同じような感じで切ると怖いと思いました。最初は練習でも疲れていました。パワーがありすぎて、車を押さえられないみたいな。
―そもそもですけど、オートレーサーになろうと思ったのはなぜですか?
もともと公営競技が好きで、競輪とボートを目指していたんですけど、その時に知り合いの人にオートレースを教えてもらって、山陽に行ったら「かっこいい!」ってなって。四国にはないのでそれまで知らなかったんですけど、「絶対これだ! かっこいい!」って思いました。音も迫力もすごくて...。オートバイはそれまで乗っていなかったのですが、養成所で初めて競走車に乗れた時はうれしかったですね。
―現時点で、ご自身で挙げる課題はありますか?
ありすぎて困ります(笑)。一番は人が抜けないことです。人と合わせるとか、向きを変えるとかがまだできないので、練習でもっと人に付けて、さばき方を練習しないと。練習でできないとレースではできないので、その辺に取り組んでいます。
―当面の目標は?
初優勝を目指して頑張りたいですね。今年こそはしたいです。
―仕事場を離れてオフの日はどのような過ごし方をしていますか?
今まではずっと寝ていたんですけど、最近は休みが少ないのでもったいないなと思って、出かけるようにしています。カフェに行ったり、温泉に行ったり、旅行に行ったり。この前も12連勤でなかなか休みがなかったので、休みがあったらそこで行かないと、と思っています。
―同期の存在はどうですか?
同期は本当にすごいですね...。SGで活躍しているメンバーもいっぱいいますし、みんなすごいので、自分も早く、そういう人たちと対等に話せるように頑張らないと...。今は聞いてばかり、教えてもらってばかりです。すごくいい走りをする人ばかりなので、勉強して、自分もそうなれるように...。
―最後にオッズパーク会員の皆様へメッセージをお願いします。
いつも応援ありがとうございます。自分はまだまだ実力がないんですけど、オートレースが大好きなので、たくさん練習して整備もして、一生懸命頑張ります。応援よろしくお願いいたします。
(オートタイムス編集部)
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川口オート所属の33期・黒川京介選手にお話をお聞きしました。
(取材日12/8)
―今年ここまで振り返ってみてどんな一年でしたか?
実績的には一番いい年になったんじゃないかな、と思います。今まで優勝した回数の半分くらいを、今回一年でしているので。
―ここまでいい成績を残せたのには、ご自身の中で何か変化あったんですか?
特にすごく変えたとかはありませんが、とにかく今年が一番安定して良かったですね。どのレース場に行っても比較的に安定してエンジンが動いてくれたことが大きいと思います。去年から安定してくれて、今年も安定しているので、去年のデータが使えたのもいい流れになりました。パーツが大きく換わると、またガラッとエンジンが変わっちゃうことがあるんですけど、それがなく、一年間通して走れているのがいいのかなと。ちょこちょこ試しにパーツは換えているんですけど、結局戻っちゃうんですよ(笑)。主要パーツで2年以上使っているものも3つくらいあるし。かなり安定しているかな、と思います。このまま壊れなきゃいいですね。
―乗る方は何か変えたわけではないんですか?
乗る方やレースのスタイルは変わってないですけど、枠が外側になってきたので緊張感はありますね。より一層、「頑張らないと」という感じはありますね。
―それが全体的な走りの底上げの要因なんですかね?
どうなんですかね。答え合わせが年末になると思うので、それ次第ですね。できるだけ良い状態を作って、年末に臨みたいです。
―黒川さんの中でスーパースター王座決定戦(SG)はどんな位置付けですか?
まあ、深い理由はないんですけど、「スーパースターで優勝するのが夢」みたいなのがあったんですよ。なんとなく、年末で目立ちますし。賞金も一番高いですし。夢の舞台ですね。意味合い的には日本選手権(SG)が、全体的としては一番の大会かもしれないですけど、スーパースターの方が個人的には取りたいです。
―今、ご自身の中で一番の「武器」を挙げるとしたら何ですか?
どちらかというと"スタート一発"系なので、それを生かした走りができればな、と思います。スーパースターはオープン戦ですから、そういうレーススタイルを生かしていきたいです。最近はスタートでだいぶ結果が変わる感じがしますし、追い込める選手でも8番手からではさすがに厳しいなって思うので、せめて中間位置が取れるくらいのスタートは切らないと。
―自分の中で課題に挙げていることはありますか?
今年は、去年できたことを更に磨くって感じだったんですよ。たまにすごいタイムで上がれたのが去年。それを増やすのが今年の目標。来年は、今できていないことを少しでもできるようになればなあ、と思います。今年は長所を伸ばすことを考えていましたね。いいレースができる確率を増やすのが目標でした。ちょっとずつ目標に近づけていると思います。
―スーパースター用のタイヤはいかがですか?
1本当ててみました。スーパースター用ではないですけど、同じ番号のタイヤは練習でかなり乗り込んでいます。トライアル戦では初乗りのタイヤで行くつもりです。練習で当てるだけ当てて、ドドドがないものを使います。感じ良いものをレース初乗りでどんどん乗っていく予定です。それで最終日は一番良かったものを使うつもりです。トライアル戦から周回数が多いので、1走多く乗るとどうしても優勝戦でかなり低くなってしまいます。初めて出場した時に、1走使ったタイヤで2走、3走としたら、最後はレース後半がきつかったので。今回は良い流れで最終日を迎えられるといいですね。
―最後に、オッズパーク会員の皆様へメッセージをお願いします。
夢をかなえられるように一生懸命走りますので、ぜひ応援をよろしくお願いいたします。
(オートタイムス編集部)
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川口オート所属の27期・阿部剛士選手にお話を伺いました。
(取材日:10/8)
―オートレーサーになろうと思ったきっかけは何ですか?
伊勢崎が隣町で、伊勢崎オートレース場に友達とよく観戦に行っていて、「格好いいな」と思っていました。高校を卒業してすぐの頃ですかね。
―伊勢崎オートを見に行っていた時に、好きな選手はいましたか?
やっぱり、田代さん(元オートレーサー、伊勢崎15期・田代祐一さん)ですね。お客として見ていても、あの突っ込みはしびれましたよ。「自分もオートレーサーになってみたい」って思いましたね。
―試験を受けて、27期で一発合格だったんですか?
いや、26期を受けて一次は受かったけど、二次で落ちて、それで次の27期で受かりました。(合格通知が来た時は)「あっ、選手になれるんだな」って思いました。
―養成所生活はいかがでしたか?
養成所はきついところだと思いますけど、ボクはそこまできついとは感じなかったです。楽しかったです。それまでは野球を小さい頃からやっていました。小学生ではソフトボールで、中高では野球をやっていたので、体力訓練はそこまで厳しくなかったです。
―オートレースのバイクに乗った時はどんな感じでしたか?
ボクはバイクに一切乗ったことがなかったので、「ああ、こんな感じなのか」って思いました。
―デビュー戦のことは覚えていますか?
今はもうあまり覚えていないけど、うっすらですね。24、5年前ですからね。緊張はしていなかったです。一番最初に乗った準決勝戦が、過去で一番緊張したかな。(2着に入れば優勝戦に乗れますもんね)ええ、そんな感じでスタートする時もクラッチから手が離れなかったです。今までで一番緊張したレースですね。
―印象に残っているレースはありますか?
やっぱり、記念で勝てたレースですよね。嬉しいというか、なんというか、「自分でいいのかな」って感じでした。ハンデももらっていたから、「自分が勝っていいのかな」みたいなのはありました。
―ここまでオートレーサーとしてやってきて、嬉しかったことはありますか?
初優勝もそうだし、記念を獲ったのもそうだし、あとはやっぱり、弟子の励(佐藤励選手・川口35期)がSGを獲ったのも嬉しかったですね。
―弟子の活躍は、師匠としても嬉しいですか?
そうですね、それはもちろん。励は本当にまじめだし、好青年だし、ちゃんとしているから、ボクが全然いろんなことを教えなくても、自分で全部できる子なので、師匠としては楽ですよ。ちょっと粗相をした時にボクが出て行って責任を取るくらいで、それ以外は、一切、整備にしても乗るほうにしてもSGを獲っているわけだから、何も教えることはないですよ。逆にボクが彼に教わるほうですよ(笑)。
最初の頃も、指導というほどの指導はそんなにしていないですよ。もともと持っているモノが良かったし、乗るほうもほぼほぼできていましたからね。あとはロードから来た子だから、ロードからオートレースに馴染ませるための乗り方は、青木治ちゃん(青木治親選手・川口29期)が身近にいて経験しているから、治ちゃんも含めて、弟子として来た時に彼には指導はしましたけど、それぐらいじゃないですか。
ロッカーでの作法は、ボクの周りに若い選手がいっぱいいるから、彼らがみんな教えているので、ボクが言わなくても...。その辺も楽ですね(笑)。周りのおかげですよね。応援してくれる人はいっぱいいるに越したことはないし、敵はあまり作らないほうがいいだろうし。
―ご自身で今、何か取り組んでいることはありますか?
今の時代、若い子たちはスピードも速いし、スタートから早いから、何年か前からスタートが重要になってきていると思うので、ボクの今までの切り方だと遅れるなって実感しているんです。だからスタートの改善はいろいろやってきています。
それは励に教わったりもして、あと、他の若い子たちのマネをしたりとかして、やっていかないと置いていかれるかなと思っているので、今はスタートですかね。今までの切り方を全部捨てて、一からやり直しています。
昔はスタートする時にクラッチをドンと離していたけど、それだと今のボクのスタート力だとダメだなと思ったから、今の速い子たちの離し方みたいな感じで改良して、スタートを改造しています。まだまだ甘いんですけど、ちょっとずつ良くなってきていると思います。
―他の選手たちに取材をしていて、「阿部さんは調整巧者」という話を聞くんですけど、何かご自身の中で理論とかはあるんですか?
(笑)ボクの場合はエンジンの音を聞きながら調整しているだけなので、過去のデータも一切取っていないですし。いい音が出ていてもダメな時があるから、その時はもう「部品かな」みたいな感じで、どこかの部品を疑ったりとかします。
―阿部さんはエンジンが大崩れしない印象がありますよね?
まあ、そうですかね(笑)。普通くらいの状態には作れるようになっていますけど、今は一番後ろから走るとなると、そのエンジンレベルだとかなり厳しいですね。最高ハンデで走るとなると、エンジンを仕上げないと、ボクの腕じゃ互角には戦えないですよ。
―オフの日はどんな過ごし方をされていますか?
ダラダラしていますよ(笑)。最近はよくゴルフの練習には行っていますけど、なかなかうまくならないですね。ゴルフは調整が利かない、合わない(笑)。難しいですね。オンとオフは切り替えています。
―当面の目標を掲げるとしたら?
これといった目標はないですけど、やっぱり、一番後ろで走るに越したことはないですから、一番後ろから走って勝ちたいですね。
―最後にオッズパーク会員の皆様へメッセージをお願いします。
車券に絡めるように、毎走毎走一生懸命走っているので、応援よろしくお願いいたします。
(オートタイムス編集部)
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伊勢崎オート所属の28期・三浦康平選手にお話を伺いました。
(取材日:10月8日)
― オートレーサーになろうと思ったきっかけは何ですか?
たまたま選手募集を見つけて、「受けてみようかな」と思ったのがきっかけです。もともとオートレースは知っていて、伊勢崎にも何度か行ったことがありましたが、「ファンです」と言えるほど熱心に見ていたわけではなくて...。2~3回ほど観戦した程度でした。でも、車券を買うよりも「このバイクに乗ってみたいな」と思ったんです。最初に見たのは17~18歳の頃でしたが、試験を受けたのは21歳のとき。頭の中にはずっとあったんでしょうね。
ちょうどその時期にネットで選手募集中っていうのを見かけて、書類を取り寄せて試験を受けました。たまたま目に入ったタイミングが募集期間中だったんです。28期を受験して合格通知が届いたときは、「え~っ!」という感じで、嬉しかったけど実感はあまりなかったです。「ああ、受かったんだ」と不思議な気分でした。
― 選手になると決めたとき、ご両親は何かおっしゃっていましたか?
両親はオートレースのことを全く知らなかったので、喜ぶより心配していましたね。「バイクだから危ないでしょ」という感じで。でも、反対はされませんでした。
― 養成所での生活はいかがでしたか?
楽しかったですよ。やってること自体は体がきつかったですけど、毎日バイクに乗れるのが嬉しくて。つらくて「早く帰りたい」と思ったことは一度もありませんでした。
― それまでバイクには乗っていたんですか?
中型免許でちょこちょこ乗っていました。もともとバイクが好きだったので、それが仕事になって本当に良かったです。
― デビュー戦のことは覚えていますか?
緊張はしていたと思うんですが、あまり覚えていないですね。1着だったのは覚えています。デビューを終えたときは「ヨーシ!」という感じよりも、「はぁ~」とホッとした気持ちの方が強かったです。
― 印象に残っているレースはありますか?
「これだけは忘れられない」というのはないですが、いくつか印象に残っているレースはあります。記念レースで優勝できたときのことはなんとなく覚えていますね。でも、スターライト(GII)を獲ったレースは全く覚えていません(笑)。
平成チャンピオンカップ(GI)のときは、1回目にフライングをして、2回目でちゃんとスタートを切って優勝したんですが、それは覚えています。スターライト(GII)の優勝戦では誰がいたかも覚えていないくらいです。終わったことはあまり気にしない性格なんでしょうね。それはいい面でもありますが、悪かったレースを反省しないという意味では良くない面でもあります(笑)。
― ここまで苦労したり、大変だったことはありますか?
そうですね、あまり苦労していないのかもしれません。骨折は何度かありますが、半年以上の長期休養はなく、休んでも2ヶ月くらいだったかな。今後もそういう長期休養は避けたいですね。ない方がいいです。
― 逆に、この仕事をしていて嬉しかったことは?
やっぱり、レースを通して人に何かを感じてもらえることはいいかもしれませんね。賭けてくれた方に対して、結果を出せないと残念な思いをさせてしまいますが、いい結果が出て喜んでもらえるのは、普通に生きていたらなかなか味わえないことです。
― 現在の課題はありますか?
特に「これ」というものはないですね。現状維持を目指しているわけではありませんが、長くやっていると、いまだに分からないことも多いです。一時的に良くしようとしてもうまくいかないことも分かっていますし、逆にそういうので悩むことはあります。
課題を立てて「これを常にやろう」と考えることは今は少ないかな。エンジンの状態を良く保てるのが理想ですが、その難しさも知っているから。やれることはやるけれど、難しいっちゃ難しいなと。でも、その「難しさ」も面白さの一つだと思います。簡単に淡々とずっとやっているだけだと飽きてしまうので、悩んだりするのも面白さかもしれないですね。根本的につまらない仕事じゃないから、やりがいはあります。
― 近々の目標はありますか?
特に大きな目標はないです。大きいレースの優勝戦を目指すというよりも、1レース1レース、6周をどれだけきちんと走れるかの方が大事です。綿密に準備するタイプでもないので、1走ごとにいい走りができれば。
― 体型は昔からあまり変わっていないようですね?
そうですね。あまり変わっていません。少し太って2キロくらい増えましたが、カロリー計算をしたり、食事制限をしたりはしていません。
― 現在、伊勢崎支部長を務められていますが、いかがですか?
次の4月で丸4年になります。普通の人ならやらないことをやっている感じですね(笑)。
― 支部長を引き受けた理由は?
いやいや、選挙なんですよ。投票で票が入るとやることになるんです。自分から立候補したわけではありません。長いこと役員をやっていたので、そろそろ順番的に来るだろうとは思っていました。仕事の一環として受け止めています。
― 最後に、オッズパーク会員の皆様へメッセージをお願いします。
感謝の気持ちしかありません。自分たちがどんなに一生懸命走っても、お客さんが車券を買ってくれなければ競技は成り立ちません。それが大前提。いくら技術や努力があっても、ファンの方がいなければ意味がない世界です。
走っている最中はなかなか考えている余裕はないですが、オートレースが存在するのはお客さんのおかげ。いつも感謝の気持ちを持っています。お客さんが車券を買って、負けたとして、納得してもらうのはなかなか難しいかもしれないですが、選手一人ひとりが一生懸命走る姿を見せれば、少しは伝わると思います。自分も含め、みんながそういうレースをして、応援してもらえるように頑張ります。今後ともよろしくお願いいたします。
(オートタイムス編集部)
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伊勢崎オート所属の26期・内山高秀選手にお話を伺いました。
(取材日:10月8日)
―オートレーサーになろうと思った理由は何ですか?
小さい頃からなりたかったんです。船橋オートレース場に連れていってもらったとき、「格好いいな」と思いました。高校二年生のときに試験があって、高校三年生で養成所に入りました。たまたま合格して、通知が来たときは本当に嬉しかったです。当時は森さん(森且行選手・川口25期)もいて、倍率も高かったですね。
―もうすぐオートレーサーとして30年ほど経ちますが、ここまでやってきてどうですか?
いろいろありましたけど、たくさんの経験ができて良かったと思います。デビュー当初はうまく走れなくて、成績もあまり良くなかったんですが、周りの方々のアドバイスのおかげで記念レースにも出場できました。そこで優勝もできて、本当に嬉しかったです。
―初優勝はGI(船橋オート祭)でしたね?
そうでしたね。記念初優出でGI初優勝。みなさんのおかげです。記念レースで勝つのは難しいですし、優出するのも大変です。船橋も今はなくなってしまいましたが、あれからもう10年くらい経つんですね。
―船橋オートがなくなって伊勢崎に移籍されましたが、その直後はどうでしたか?
家からの距離を考えると川口が希望だったんですが、でも伊勢崎の方々にお世話になって本当に感謝しています。同期の桜井くん(桜井晴光選手・伊勢崎26期)の隣のロッカーに入って、周りの方にも良くしてもらっています。
―印象に残っているレースを挙げるとしたら?
やっぱり初優勝のときが一番印象に残っていますね。ほかにもSGで優出したレースなどいろいろありますが、やっぱり船橋で勝ったGIが一番印象的です。そのおかげで最高ハンデで走れるようになって、そこからステップアップできた気がします。オートレーサーになって本当に良かったと思いました。すごい人たちと一緒に走れて...。まさに怪物ぞろいでしたね。あれがターニングポイントでした。
―逆に、苦しかったことはありますか?
常に苦しいですよ。レース場に来ると緊張しますし、ケガもつきものです。今でも緊張します。でも、いい緊張感がある方が危なくないと思います。緊張しすぎても良くないですが、適度な緊張ならいいですね。
―休日はどう過ごしていますか?
オフの日は家のことをしています。家事もやりますし、車をいじったりもしています。オンとオフを切り替えて、子どものサッカーの試合を見に行ったりもします。中学三年生と小学六年生の女の子がいて、二人ともサッカーをやっているんです。この前も大きな大会を見に行ってきました。上の子は高校もサッカーで決まったので楽しみです。これからも頑張ってほしいですね。
―将来的に、お父さんと同じ仕事をしたいとは言っていますか?
全く言っていないですね。自分がこの仕事をしていることは知っていますが、興味はないようで。「気をつけて」「頑張って」とは言われますけどね。今はサッカーに夢中なので、その道で夢を諦めずに頑張ってほしいです。
―当面の目標はありますか?
伊勢崎に移籍したので、伊勢崎で優勝したいですね。準優勝はありますが、まだ伊勢崎での優勝はありません。速い選手が多くて難しいですが、勝ちたいです。あとは、お客様に還元できるよう、連に絡むことですね。
―ご自身の中で課題はありますか?
常にスタートを良くしたい、雨でもうまく走りたい、捌きを良くしたいと思っています。年齢を重ねると衰えも出てくると思うので、今の状態を維持できるよう努力しています。若い選手が伸びてくるのは当然なので、なんとか食らいついていきたいです。あとは頑張るだけですね。
―やりたいことを仕事にできて良かったですね。
そうですね。やりたいことで食べていけるので。これからは緩やかな衰えを描けるよう、練習と努力を重ねていきたいです。動体視力や距離感など、車と一緒ですからね。篠崎さん(篠崎実選手・川口9期)や岩田さん(岩田行雄選手・伊勢崎15期)は本当にすごいです。
―何歳までレーサーを続けたいですか?
できる限り、体が言うことを利く限りはやりたいですね。できれば60歳、65歳くらいまで。孫ができたりしたら、レースを見せてあげたいと思っています。年齢はわかりませんが、孫に走る姿を見せて終えられたらと思います。
―最後に、オッズパーク会員の皆様へメッセージをお願いします。
走らせていただけることに感謝しています。車券に貢献できるよう、1走1走、最後まで頑張ります。
(オートタイムス編集部)
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