
41歳にしてGIII初制覇となった吉本卓仁選手(福岡・89期)。
苦しい時期を乗り越えるキッカケとなった意外な出来事とは。
番手戦の難しさ。そしてこれからの目標は。様々なお話を伺いました。
ナッツ:まずは松阪ミッドナイト競輪でGIII初優勝おめでとうございます。
お気持ちとしてはいかがですか。
吉本:うーん、そうですね。嬉しいのは嬉しいんですけど、9車立てのGIIIを勝ちたかったなというのが本音ですね。
正直少しメンバーの良いFIを勝った感じです。
ナッツ:やはりそのあたりはグレードレースだぞ、というような気持ちの入り方ではなかったですか。
吉本:そうですね。レベルの高いFIっていう感覚だったので、逆に気負いもなく臨んでいました。
ナッツ:もしこれが9車だったら多少は気持ちも違った可能性も。
吉本:そうですね。9車で競輪祭(GI)出場の権利もかかっていたら、優勝できてすごく嬉しかったと思うんですけどね。
ナッツ:レース後のインタビュー記事でも「複雑」という言葉が出ていましたけど、その理由はそういうところなんですね。
吉本:そうですね。昔は3日制GIIIもなかったし、自分が若い頃は4日制の記念を獲りたいっていう思いが強かったんです。
だから3日制で7車か~...みたいな感覚ですよね。
ナッツ:それでもGIII初優勝ということで、周りの反応はどうでしたか。
吉本:やっぱりそこは違いましたね。GIII優勝おめでとう、という連絡は結構ありました。
ナッツ:ミッドナイトの出走経験自体は今までありましたか。
吉本:1年前くらいに玉野のミッドナイトを走ったのが一番新しくて、今回が3回目だったと思います。
ナッツ:それであれば、ミッドナイトの過ごし方や対策はご自身の中である程度は固まっていましたか。
吉本:そこに関しては、僕は若い時に夜練習してた時期もあったんで、夜があまり苦にならないんですよ。
普段から結構遅くまで起きているので特に問題はなかったですね。むしろ午前中にゆっくりできるので楽は楽です。
身体のコンディション的に、走ってる最中は気にならないですけど、終わった後にちょっと戻すのが大変なくらいですね。
ナッツ:では少しレースを振り返っていきたいのですが、準決勝・決勝と立部楓真選手(佐賀・115期)マークでした。連日立部選手に付いていかがでしたか。
吉本:立部は最近力をつけてきたのも知ってましたし、安心して任せてました。
ナッツ:準決勝は新田祐大選手(福島・90期)相手でしたが、作戦はしっかり立てていたんですか。
吉本:自分はそんなに作戦を練るタイプじゃないですけど、立部が勝てるように、って話はしていましたね。
むしろ立部自身が結構自信のある雰囲気で、「相手にも隙があると思います」と言っていたので、調子の良さもあったんだと思います。
ナッツ:勝ち上がって決勝は4車ラインの番手というチャンスのある位置でしたが、心境としてはいかがでしたか。
吉本:作戦会議から立部が自信満々で、「行きます!」って感じでした。岩津さん(岩津裕介選手・岡山・87期)が3番手、その後ろ4番手まで固めてくれて立部も燃えてたので、その気持ちが岩津さんにも伝わってましたね。岩津さんが「めちゃくちゃ嬉しい」ってずっと言ってました。
ナッツ:岩津さんがそんな風に思うくらいの熱量だったんですね。
吉本:そうですね。なかなかこれだけ熱く言ってくれる若い子は少ないですもんね。
自分は普通通りだったんですけど、自分よりも本当に岩津さんが立部の気持ちを感じていましたね。
ナッツ:その決勝戦は2分戦で相手は小原太樹選手(神奈川・95期)のラインでした。小原選手は自力型じゃないだけに吉本選手は狙われる位置でしたよね。
吉本:そうですね。それは覚悟していました。もし粘られたら、立部にはしっかり勝ちに行けって言っていましたね。
自分は我慢して、技術は持ってない分、小原に少しでも脚を使わせられればいいかなって思ってました。
ナッツ:作戦としてはやはり前からだったんですか。
吉本:いや、小原はスタートがめちゃくちゃ早いんで前は取れないと思ってました。だから作戦会議では後ろからだろうね、と話をしてたんです。8割くらいは後ろからの感じで。
あとはどこで仕掛けるか、って。でも岩津さんが立部の気合を受け取って、スタートからすごい勢いで出たんですよ。自分もびっくりしました。多分みんな驚いたと思います。
ナッツ:おお!あの岩津選手のスタート取りは、立部選手の想いが伝わってのものだったのですね。まさしく競輪という感じですね。
レースでは吉本選手は最終ホームあたりでは小原選手に外から競られる場面もありましたが、振り返っていかがですか。
吉本:あそこは余裕ありましたね。どうやって走るかっていうのはずっと考えていて、ちょっと遅れ気味で走った方が小原が内に入ってくれるかなと思っていましたね。
外並走されて外に差し込まれちゃって2コーナーまで長引くと、そこで叩き込まれて内が重くて対応できなくなるので、逆に少し遅れた方が楽になるかもって考えもありました。
ナッツ:傍から見るとちょっと遅れたのかなと感じてしまいましたが、あの走りは狙い通りだったのですね。
吉本:もちろん本当は、追い込みなら綺麗にピタッとついて、1コーナーで飛ばすのが正解なんでしょうけど、自分はそこまで技量がないんです。
だから考えた結果のあの走りでした。レースが上に行けば行くほどそういうのは通用しないんですけどね。甘いと言われれば甘いです。
自分はもともと横ができるタイプじゃないんです。だから自力で戦ってきた部分もあったんですけど、今は若手の先行が増えてきて別線になるわけにはいかないし、自力の力もそこまでない。任せる子がいるなら、後ろをどうにか守るっていうのを、ひとつひとつやっている感じです。
ナッツ:横の技術が不足している分、違う部分でカバーしているわけですね。
吉本:そうですね。でも今回の決勝のレース自体は立部が頑張ってくれたおかげで余裕がありました。小原が後ろに入ったのも確認できて、すぐには仕掛けてこないと思いましたし、次に来るのは永澤(永澤剛選手・青森・91期)だろうなと。その時は内に香川さん(香川雄介選手・香川・76期)もいたし、そういうのを見ながら考えてましたね。
ナッツ:レース中、そこまで色々なことをずっと考えてるんですね。
吉本:考えてるというか、見てるんです。もともと先行してた時期から後ろを見てました。自分は"狸先行"のタイプで、無理やり飛ばしていくんじゃなくて相手を見ながら仕掛ける。それが自分のスタイルだったんです。今も目標がいて後ろを見るのは自然なことですね。
走りながら、その時その時に「誰が落車した」「後ろに誰がいる」「ここ突っ込んでくるな」というのを見ちゃうんですよ。
ナッツ:それは追い込みとしては素晴らしいことではないのですか。
吉本:いや、やっぱり本当の追い込み選手は、体が先に動くんだと思います。考えてる時点でワンテンポ遅れてるんですよね。
ナッツ:なるほど。考えているから良いというわけでもないんですね。
吉本:そうですね。先のことを考えすぎて動けなくなることもありますし、その場で捌いた方がいい時もあります。本当は体が勝手に動くのが理想です。
見えすぎてビビっちゃうこともあるんですよね。先行選手との勝負なのに、相手の番手に競りが強い選手がいるとやっぱり怖いなと思って体が動かなくなる。
若い頃はイケイケでそんなことなかったんですけど、年齢を重ねて弱くなってくると、考えすぎるようになりました。
ナッツ:年齢を重ねてくるにつれて、吉本選手にも苦しい時期はあったのですね。
吉本:はい。34歳ぐらいから弱ってきて、GIに出られなくなった時期がありました。6~7年前ぐらいですかね。
ナッツ:そこから復調のきっかけはなにかあったんでしょうか。
吉本:娘を迎えに行った時ですね。娘がバレーボールのクラブに入っていて、お迎えに行って一緒に自転車で帰った時、娘が勝負を仕掛けてきたんですよね。
だんだんスピード上げてくるんですよ。あ、これは勝負しようとしているなと。結果はもちろん自分が勝ったんですけど。笑
その時「あ、そういえば自転車って楽しかったよな」って思い出したんです。
ナッツ:娘さんとの何気ない日常から、自転車の楽しさを思い出したのですね。
吉本:そうですね。それまでは練習も「苦しい、苦しい」で終わってたんですけど、本当はずっとワクワクしてやっていたはずなんですよ。なんで自分が選手始めたのかというのも、やっぱり自転車が好きで、楽しいなって、それが原動力になっていたんですよね。自力でバンバンやってた頃は練習も苦じゃなかった。それを思い出して、もっと楽しく苦しもうって思えるようになったのが大きかったです。娘に気づかされてから、点数も少しずつ上がっていきました。
ナッツ:いやーすごい。やっぱり気持ちの変化ひとつで全然違うんですね。
吉本:そうですね。やる気があってやるのと、ただ苦しいと思いながらやるのとでは全然違いますから。
ナッツ:年を重ねてから体力の部分はいかがですか。
吉本:やっぱり40歳を過ぎてからまた違う感覚があります。楽しいですけど、体力と相談しながらですね。思ってる以上に体の方にガタが来てます。
朝起きた時の疲労感なんかも全然違います。
先輩たちに聞いてた話ではあるんですけど、その時は聞き流してたんですよね。でもいざ自分がこの年齢になると本当にそうなんだなって実感しています。
ナッツ:練習は毎日されているんですか。
吉本:毎日ですね。街道か、マシンが多いです。ウエイトやジムもやってます。
バンクには月に1~2回くらいは入りますね。最近は弟子もできたので、たまには行かないといけないんです。
もともとバンクに入るタイプじゃなくて、昔から8割は街道練習でした。バンクに入る時でも、その前に街道で脚を使って、バンクでは2~3本もがいて終わりという調整ですね。
ナッツ:体力の衰えはどうカバーしていますか。
吉本:練習のボリュームより質ですね。今はデータを取って数値化してます。自分の体力の限界をギリギリ攻めるというのが面白いんです。自分のHP(ヒットポイント)を出して、その日で使い切らないように調整してます。自分は見よう見まねですけど、後輩の角(角令央奈選手・福岡・98期)が詳しいんで聞きながらやってます。ウエイトも1年前から始めましたし、これから結果が出てくればいいなと思います。
ナッツ:今年は松山競輪場で400勝も達成されましたが、そのあたりはいかがですか。
吉本:やっぱり先輩や師匠のおかげでここまでやってこれましたし、これからも頑張っていきたいなと思いますね。
ナッツ:やはり自力で久留米を引っ張ってきた存在として、9車の記念やタイトルを待ち望むファンも多いと思います。
吉本:やっぱり記念は獲りたいですね。本当は自力で獲りたかったんですけど、今まで何度も取り損ねて...。この歳で自力はよっぽどハマらないと無理ですけどね。
ナッツ:これからは後輩に任せて、ということになりますか。
吉本:そうですね。頑張ると言ってくれる後輩がいるなら、喜んで付いてワンツーを決めたいです。
ナッツ:今後の目標としてはいかがですか。
吉本:やっぱり地元の久留米記念を獲りたいですね。そのために追い込みとしての技術をひとつひとつ積み上げたいです。
60歳まで選手を続けたいと思っていますし、そのあたりはまだまだ頑張っていきたいです。
ナッツ:60歳!それは楽しみです。
吉本:ただ、追い込みは難しいですね。横は技術が必要だし、3番手のことまで考えないといけない。
前も後ろも警戒して、前を残しつつ3番手も勝負権があるようにしないといけないし、先行の方がよっぽど楽ですよ。笑
ナッツ:でも縦のある吉本選手が横を身につけたら、本当にすごい追い込みになりますね。
吉本:簡単にはいかないですけど、少しでも先輩たちに近づければいいなと思ってます。
ナッツ:今後の走りに期待しています。では最後にオッズパーク会員の皆様にメッセージをお願いします。
吉本:これからもしっかり練習して頑張ります。応援よろしくお願いします。
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※インタビュー / ナッツ山本(なっつやまもと)
公営競技の実況に憧れ、一念発起し脱サラ。2022年別府競輪と飯塚オートレースの実況でデビューを果たすことになった期待の新星。
まだデビューから間もないが、競輪中継の司会も経験し徐々に活躍の場を広げつつある。星の観測と手品が趣味。
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※写真提供:株式会社スポーツニッポン新聞社
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