川口オート所属の22期・影山伸選手にお話をお聞きしました。
(取材日6/3)
―今年復帰されて何節か走りましたけど、今のお気持ちはどうですか?
やっと最近かな、気持ちと体と車が一体になってレースできるようになってきたかなあって感じですね。まあ、まだまだなんですけど。復帰節はただただ流れに沿って走っているだけでしたよね。ハンデもありましたし、いろいろと仲間がサポートしてくれたので、あとは乗る方だけで行けるように力を貸してくれたので乗る方に集中できました。ホントに乗る方だけに集中できたので。一日でも早く、体と心と目とかいろんなものとかを車と一体になってレースできればってのを心がけていたんですけど、最近かなあ、ようやく徐々に重なってきたかな。思っていることと重なりつつあるかなあ。
―療養中はどんな気持ちでしたか?
そうですね。一切レースは見ないようにしていました。取り残された感は絶対あるだろうから気持ちが焦っちゃって、体を治すことよりも、焦りの気持ちの方が大きくなっちゃったらマズイと思ったので、一切断ち切って過ごしていましたね。
―ケガをした時のレースはすごい内容でしたね。
どうにもできない状態で、金網に行っちゃうと思ったので、自分からねじ伏せて落ちたんですけど、その時に体が浮いちゃったんですよね。勢いがすごかったんでしょうね。車と体がバラバラには行ってたと思うんですけど、足から金網に突っ込んでしまったので、体が屈伸する形になってしまって、その時に脊髄を骨折したんでしょうね。ドクターには「神経を損傷してなくて良かったね」と言われました。下半身不随になっちゃう恐れもあったので。骨折の影響が神経までいってなかったので、ただ骨が潰れただけだから良かったけど「下半身不随にならないで良かったね」って話はされてました。
―そもそもオートレーサーになろうと思ったきっかけは何ですか?
父親の友人がオートレースが好きで、たまたま自分が今で言うフリーターをしていた時に「今、何をやっているの」って話になって、当時は年齢制限があって、その時が21歳だったかな、最後だから受けてみようかなって感じになって。最初は高校生の時に、20期の試験の時だったかな同じ人に紹介されたんですけど、その時はオートレースを知らなかったので受けなかったんですよ。でも、21歳の時にまた同じ話がきて、その時にたまたまテレビでオートレースを見て、こういうのがあるんだと思って受けてみようかなと思いました。どっちみち年齢制限があって最後だし、22歳になったら受けられなくなるし。受けてみたら受かっちゃったって感じですね。試験を受けた時にすごく人数がいたんですよ。すごい倍率で。まさか自分がなれるとは思っていなかったですよ。(合格通知が来た時は)めちゃめちゃ嬉しかったですよ。マジかよって思って。自分の時は一次試験が3回あったのかな。筆記試験と身体検査と反射神経だとか動体視力だとか。何回か通った覚えがあるんですよね。二次試験というか、養成所に入る前に名目上の試験があって、それはほぼほぼ合格が決まっていたんだと思うんですけど、通り抜けられてすごく嬉しかったです。
―ここまでで印象に残っているレースはありますか?
えらい前なんですけど、ちょうど単気筒の時に、準決勝で落車しちゃったんですよ。先頭を走っていたんですけど、他の選手に抜かれる時に寄りすぎてしまって接触して落ちちゃったんですよ。準決勝だったので、2着に入れば優勝戦で出られたのに、自分に対して「何やってるんだよ」って思って、それがすごく覚えていますね。あれは悔しかったですね。それが一番だったかな。何やってんだみたいな、ですかね。あとは初優勝の時かな。あとは記念を獲った時とか。家に帰ったら家族が喜んでくれて、みんなでお酒を飲んだって思い出がありますね。そんなぐらいかな。
―今、当面の目標はありますか?
今までの走法とは違った走法を目指して日々練習しています。今まで通りじゃ、ケガをする前と同じレベルで終わりだなあと思っているので、せっかくこのブランクがあって、再出発をさせてもらっているので、またちょっと新たに新人じゃないですけど、新しい走法を完成させたいなって思っています。今まで通りじゃつまらないと思うので。どう転ぶか分からないですけど、取り組めば自分の理想の走りができるんじゃないかと思って。仮にできないとしても楽しいんじゃないかなと思って。どうせなら楽しくやった方がいいので。どれぐらい時間がかかるのか分からないですけど、楽しんでやっています。
―最後にオッズパーク会員の皆様へメッセージをお願いします。
今年57歳になります。あとどれくらい選手を続けていけるか分からないんですけど、応援してくださるファンのみなさんに暖かく見守っていただけたらと。一生懸命頑張ります。なるべく貢献できるように頑張ります。
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川口オート所属の34期・本田仁恵選手にお話をお聞きしました。
(取材日6/3)
―まずは優勝のゴール線を越えた時のお気持ちを聞かせてください。
嬉しかったです。
―あのレースは1回、後ろの選手に抜かれてから逆転しましたが、抜き返す時はどんな感じだったんですか?
タイヤもエンジンも西村さん(山陽17期・西村義正選手)よりいい気がしたから、タイミングがあったら1回勝負しようと思っていました。まだ2、3周残っていたので諦めないでいました。体感的には行けると思って行ったんですけど、リプレーを見たら意外とそうでもなかったですね(笑)。インに入ってみてダメだったらしょうがないかなと思って。
―オートレーサーになろうと思ったキッカケは何ですか?
父親に進められてって感じでした。自分は(試験を)受けるってなるまでオートレースを見たことがなくて...。初めて見た時は、音が大きいなと思いました。自分にはできっこないよなと思ったんですが、やってみるのは悪いことじゃないし、やらなきゃ始まらないので。それで、せっかくだから受けるだけはしてみようかなと。(合格通知が来た時は)びっくりしましたよ。受かると思っていなかったので。
―それまでバイクには乗っていたんですか?
はい。普通自動二輪の免許は持っていて、中型のホンダのVTR250に乗っていました。お父さんもバイクが好きだし、高校を卒業してすぐ取りました。
―養成所でオートレースのバイクを乗ってみた時はどうでしたか?
今まで乗っていたのとは全然違うし全部、新鮮でした。でも、クラッチペダルが逆ってだけで、そういうものだと思えば、そういうものかなとあまり深くは考えていませんでした。養成所ではずっと遅いグループでした。悔しさはあったけど、そんなにカリカリはしていなかったですかね。検定は通らないといけないと思っていたので自分では頑張っていたけど、周りの人と話していて「あいつに負けたら悔しい」とかはなかった。速い順に班分けされていて、速いグループから落ちるとみんな、また速いグループで走りたいって思っていたみたいですけど...。デビューしてからは成績に応じて賞金が出るし、周りの先輩がすごく面倒を見てくれるので恩返ししたいなって気持ちが出てきました。結果が一番、目に見えて恩返しになるので、そういう気持ちもあって今は頑張ろうと思っています。養成所の時の気持ちとは全く違いますね。
―ロッカーとか周りの環境はどうですか?
ホントに最高の環境でやらせてもらって幸せだと思います。今があるのもみなさんのおかげです。
―ここまでで一番覚えているレースはありますか?
優勝したレースです。それ以外にないですね。思っていたより良かったです。お父さんも喜んでくれました。
―今後の目標は何かありますか?
もう1回優勝したいです。優勝した時にもう1回したいなあと思いました。前までは辞めるまでにできるのかなあと思っていましたが、優勝した時はもう1回したいと思いました。
―オートレーサーとして普段、取り組んでいることはありますか?
ストレスを溜めないようにしています。あまり制限とかしないから良くないんですけど、自然体でいます。S級の人とかはやってるんだろうけど、運動もしたい時にするくらいで。さすがに身長があるので、体重がすぐ増えちゃうから気にする部分は多少あるけど...。
―今、走りで課題に挙げていることはありますか?
抜く人が増えたから、自分で展開を作れるようにしたいと思っています。
―最後にオッズパーク会員の皆様へメッセージをお願いします。
また優勝できるように一生懸命頑張ります。
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