各競馬場を代表するジョッキーにインタビューを実施。他では聞くことができないジョッキーたちの素顔や本音に迫ります!競馬にまつわるエピソード、今後の抱負などのインタビューをご紹介します。
各競馬場を代表するジョッキーにインタビューを実施。他では聞くことができないジョッキーたちの素顔や本音に迫ります!競馬にまつわるエピソード、今後の抱負などのインタビューをご紹介します。
福山競馬一筋で2200勝以上を挙げたベテラン・渡辺博文騎手が、この4月から新天地の佐賀競馬場で騎乗を始めています。福山競馬が廃止されたときの心境や、佐賀競馬の印象についてうかがいました。(取材は4月20日)

斎藤:佐賀に移籍して2週目ですが、慣れましたか?
渡辺:なんとなくやけど、まだちょっとわからん部分も多いかな。でも福山よりはぜんぜん乗りやすい。福山はコーナーがきついし、内を閉めて回るんで、内にハマッたらもう出られない。こっちはコースが広いし、乗りやすいです。
斎藤:そういう意味では、福山からは10名のジョッキーがいろいろな競馬場に移籍しましたが、どこに行っても乗りこなせるんじゃないですか。
渡辺:福山の場合はスタートで半馬身遅れたら、もう致命的なんですね。ここ(佐賀)なら半馬身くらいならすぐに取り返せる。それくらい福山のスタートはきつかったです。スタートから折り合いを考えて行けるんで、テンからビシバシ行くレースは少ないですね。
斎藤:すでに重賞でも、そこそこ人気の馬に乗っていらっしゃいますね。
渡辺:そうですね。ちょっとまだ馬のレベル的なことがわからない部分があるんですが、いい馬には乗せてもらっています。

斎藤:福山競馬のことをお聞きしたいのですが、廃止が決まってから、実際に廃止になるまでの心境は......。
渡辺:それは言葉に表すことができないですね。長く騎手をやってきたというのもあるし、思い入れがありますから。3年ほど前に亡くなったんですが、父が厩務員やってたし、兄も騎手だったんです。ぼくが騎手になったのは、その影響が大きいですね。いろんなことがこみ上げてきました
斎藤:福山で思い出に残っている馬は?
渡辺:特別にこれというのはいないんですけど、ミスターカミサマですかね。ファンも多かったしね。絶対勝たないといけないレースで、ちゃんと勝ってましたから。引退したあとも(地方競馬)教養センターにいることは、噂には聞いていました。
斎藤:印象に残ってるレースはありますか。
渡辺:福山ダービーを勝てなかったことですね。27年間乗ってきて、結局1度も勝てなかった。重賞は、それこそほとんどというくらい勝ってるんですけど、ダービーだけは......。
斎藤:佐賀への移籍は、所属している柳井宏之調教師と一緒でした。
渡辺:そうです。特に佐賀とのつながりはなかったですが、調教師さんと一緒に移籍ができる可能性があったのと、なんとなく佐賀に来てみたいというのがありました。
斎藤:ご家族はどうされていますか。
渡辺:子供は3人いるんですけど、一番下の子も福山で就職が決まって、3人とも社会人になっています。で、家内はついてきたいということで、何の心配もなく2人で佐賀に来ました。
斎藤:これまで佐賀競馬場で乗ったことは。
渡辺:西日本アラブ大賞典には、第1回(91年3月)にイケフジキング(5着)で来て、たしか3回か4回くらいは乗りに来てると思います。

斎藤:福山の騎手では、15人中10人が移籍しましたが、他のジョッキーの活躍とかは気にされていますか。
渡辺:はい、やっぱりチェックはしてますね。楢崎君が最初に勝ったレースは見ました。ぼくが佐賀で最初に勝ったときは、メールがたくさん来ました。騎手をやめて競馬を離れてるんですが、騎手会長だった黒川君からは、勝ったあとすぐ来ましたよ。やっぱり見ててくれてるんだなって、うれしかったです。
斎藤:福山から厩舎で連れてきた馬はいますか。
渡辺:今のところ6頭来ていて、全部で12頭来る予定です。転入時の格付け条件があまりよくないみたいで、通用するかどうかはわからないですけど、それでも馬場に合うか合わないかもあるんで、そこには期待しています。
斎藤:佐賀で競馬が続けられるということでは安心しましたか。
渡辺:この仕事をやるからには、現役にこだわりたいというのがあるし、あと何年乗って調教師になろうとかも思ってないし、乗れるだけ乗って、そのときになったら調教師になりたいと思うかもしれないけれど、それはまだぜんぜん考えてないです。今はただひたすら乗るだけです。福山で獲れなかったダービーを佐賀で獲りたいです。
斎藤:最後に、ネットで見てくれているファンへのメッセージをお願いします。
渡辺:現場で乗っているぼくらは、あんまり感覚がないんですけど、それでも遠くのファンの方から、たくさん手紙とか写真とか送ってくれるんで、ああ見てくれてる人はたくさんいるんだなあ、ありがたいなあと思います。

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※インタビュー・写真 / 斎藤修
名古屋競馬場に、3人目となる女性ジョッキーが誕生しました。木之前葵騎手です。
デビューが1開催遅れたものの、2日目に初勝利を挙げると、1日1勝のペースで開催中3勝をマーク。明るく素直で誰からも愛される、そんな印象の木之前騎手に、騎手になっての感想などを聞きました。(取材は4月18日)
坂本:今日でデビュー3日目ですけど、今、どんな気持ちですか?
木之前:ん~、もっときれいなレースをしたいです(笑)
坂本:初日(4月15日)の第2レースで名古屋競馬デビュー、初騎乗だったわけですが、まずパドックに出てきたときの感想を教えてください。
木之前:今まで外から見ていた風景を、実際中に入ってみると『ああ、騎手になったんだなぁ』っていう実感が湧いてきました。
坂本:パドックの騎手待機室の中では、先輩騎手から何か言われましたか?
木之前:『とりあえず、まっすぐ走れよ』って言われました(笑)
坂本:騎乗命令がかかって、馬に跨りました。そこから見た風景というのもまた感じました?
木之前:そうですね、視界が全然違うし人もたくさんいたので緊張しました。
坂本:当日は、取材カメラも入ってました。
木之前:それはあまり気にはならなかったですけど、『人が多いなぁ』とは感じましたし、びっくりしました。
坂本:パドックでのお客さんからの声援は聞こえました?
木之前:はい、聞こえました。『落ちるなよ』とか『がんばって』とか。でも、その声援で一番心に響いたっていうか、ファンの声が聞こえたのが、初勝利したときが一番、観客席から聞こえてうれしかったです。
初勝利はデビューから9戦目
坂本:初勝利(17日第5レース)は、ご両親がみえてる間に挙げたかったですね。
木之前:そうですね。その前の第2レースでもっといい騎乗ができたら勝てたのに、それについてはすごく悔しいし、初勝利の勝ち方もまだまだ型にはまってないレースなので、もっとよくしていきたいなと思います。
坂本:勝った瞬間はどんな感じ?
木之前:『勝ってしまった...』(笑)。あれ?勝っちゃったなぁみたいな感じですね。
坂本:うれしかったですよね?
木之前:そうですね、うれしかったですけど、騎乗があまりちょっと......なので、100%は喜べないです。もっと内容をよくして、きれいなレースとかっこいい騎乗をスタイルにしていきたいです。
坂本:厩舎の先輩でもある大畑騎手からは、アドバイスとかいろいろ受けてるみたいですね?
木之前:一緒に走る馬の特徴とか、どういう展開になりやすいとか教えてもらって、私の乗る馬っていうのも大畑さんが乗ってた馬が多いので、その馬の特徴なども聞いてますし、『ま、とにかくまっすぐ走らせろよ』というのは言われてます(笑)
坂本:じゃあ、今はとにかく馬をまっすぐ走らせるということを意識して乗ってる?
木之前:そうですね、コーナーとかもまだ膨れてるので、もっとよくしていきたいです。
坂本:では、今後の目標ですが...?
木之前:とりあえず、きれいなレース(笑)。あと、かっこよく乗ることです。
坂本:もうひとつ、数字的な目標......といってもはっきりとは言えないですよね?
木之前:ん~、減量を自力で減らしていきたいです。
坂本:では、ファンの方々に向けて一言。
木之前:まだまだ足りない面が多いんですけど、応援していただくととてもうれしいです。よろしくお願いします。
馬場入場の際、ものすごい勢いで飛び出して行ったり、内柵に突っ込んでいきそうになったりと、関係者をヒヤリとさせる場面もまだまだある木之前騎手ですが、レース後には先輩騎手にアドバイスをもらい、また、レースの内容などをノートに記すなど勉強熱心なところも。そういった姿勢を、所属先である錦見調教師だけでなく他の調教師も高く評価しており、今後の活躍に期待したいですね。
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※インタビュー / 坂本千鶴子
今年3月に廃止された福山競馬から、ここ名古屋競馬へ移籍してきた山田祥雄騎手。4月1日の移籍初日、第1レースでいきなり初勝利を挙げ、名古屋のファンを驚かせました。その後も順調に勝ち星を挙げている山田騎手に直撃しました。
坂本:名古屋競馬の印象は?
山田:ゲートの種類が違うなと思いました。笠松も同じなんですけど、開くタイミングがわからない。ゲートに入った時の景色が違うんですよ、福山と。福山のゲートは、騎手の目線のところまで柵があったんで、開く瞬間がわかるんですけど、名古屋や笠松はゲートの柵が騎手の目線より低い。だから、ゲートが開いて『あ、開いた』ってなります。
坂本:乗った感じはどうですか?
山田:どちらかといえば乗りやすいですね。コースの幅は、福山と比べて全然広い。
坂本:初日の初騎乗初勝利についてですが、先生からの指示はあったんですか?
山田:先生からは特にはなかったんですけど、あまり行き過ぎると、終いがあまくなるよとは言われました。なので、その点だけは意識して乗りました。
坂本:ゴールした瞬間はどんな感じでした?
山田:意外にあぶなかったなと思いました。負けそうだったんで。
坂本:では、勝ったと思ったのはゴール過ぎてから?
山田:そうですね。
坂本:上がってきて、先生からは何か言われました?
山田:特になかったですね。僕からは『ありがとうございました』と。
坂本:福山から名古屋に変わり、環境の変化もありましたが?
山田:あまり対応できてないですね。
坂本:休日は何をしてますか?
山田:ゴロゴロしてます。遊びには誘われれば行きます。同期の柿原がいるんで。
坂本:福山からは、隣りの笠松競馬にも池田騎手が移籍しましたが、お話はされました?
山田:そうですね。あと、他にも移籍していった仲間のことも気にはなりますね。
坂本:先日、笠松競馬にも騎乗しに行きましたが、名古屋と笠松とではどちらが乗りやすいですか?
山田:どっちかっていうと、笠松のほうがなんとなく乗りやすいですね。福山と同じ小回りなので慣れてるからだと思います。
坂本:今後の目標は?
山田:目標ですか......そうですね、ただがむしゃらに乗りたいだけです。
坂本:では、最後にファンの方々へ一言。
山田:応援よろしくお願いします。
名古屋にきて半月、名古屋競馬ファンの間にも『山田祥雄』の名が浸透してきました。
となれば、大きいところでの活躍も待たれます。がむしゃらな山田騎手の騎乗をぜひ、ここ名古屋競馬場で観戦・応援よろしくお願いします。
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※インタビュー・写真 / 坂本千鶴子
昨年は初重賞制覇、今年1月には通算100勝を達成した6年目の黒澤愛斗(まなと)騎手。身長135センチと日本で一番身長が低い騎手は、ここ最近急激に勝ち鞍を伸ばしており今年も注目です。

斎藤:昨年は2歳牝馬の重賞リリーカップをハニーパイで勝ち、初重賞制覇を達成しましたね。
黒澤:宮崎騎手が怪我して、乗り換わりの騎乗でした。ゴール前は外から2頭追い込んできていましたが、我慢して勝つことができました。嬉しかったです。こんな形(乗替り)で重賞を勝てるとは...。次の目標は200勝ですね。

斎藤:100勝は名古屋でしたね。門別で待っていたのに(笑)。
黒澤:門別で...とは思っていたんですが。名古屋では、同期の2人(友森翔太郎騎手、阪野学騎手)がプラカードを持ってくれました。
斎藤:騎手になったきっかけを教えてください。
黒澤:出身は茨城県です。家は全く競馬とは縁がないのですが、高校時代の先生に騎手になることを勧められてから、競馬を見るようになりました。中高と野球部で、体を動かすのが好きだったんです。監督が競馬が大好きだったのと、友達にも勧められて。高校を卒業してから1年間、千葉の乗馬クラブで乗馬を学んでから騎手試験を受けました。乗馬クラブでは、JRAの小野寺祐太騎手も一緒だったんです。親は好きにやらせてくれました。すぐやめるんじゃないかと思ったみたいです(笑)。
乗馬クラブではじめて馬を見て、「でかい!」って。乗ってみたら高くてびっくりしました。最初はやってけねーな、と思いましたが根が負けず嫌いなんです。それから教養センターでもみっちりとやりました。19歳で入ったので同期では自分が一番年上でしたが、敬語もなく、みんな仲が良かったですよ。
斎藤:2008年、デビューは札幌競馬場でした。初日から4鞍に騎乗していましたね。
黒澤:デビュー戦はレース前に急に緊張してきて、ゴーグルはしていましたが、板メガネを忘れたんです。レース中に「痛い!」と思って、馬降りてから「してねーじゃん」って(笑)
初勝利は1カ月後の旭川でした。同期がみんな勝っていたので、プレッシャーがありました。レースは小国さんと競り合って、ハナ差だったので勝ったか負けたかわからなかったんです。戻ってきてから、(恵多谷)先生に勝ったと教えてもらいました。うれしかったですね。
斎藤:同期はレベルが高いですものね。次の年明けには、高知の全日本新人王争覇戦で優勝しました。
黒澤:1月のこの時期は攻め馬もしていないし、普段は鐙も長くして乗っていたんです。レースはゲートで遅れたんですが、ペースが速くて前が止まっていたのがわかったんです。ゴール前びゅん、と差して「あっ、勝った」って。高知では1鞍しか乗っていないのに、次の日筋肉痛になりました(笑)。
同期では、川島(正太郎・船橋)とセンターの部屋が一緒でした。仲がいいのは名古屋の2人、友森と阪野です。大柿(一真・兵庫)は、(重賞勝ちの後、競馬場での)プロポーズの前に僕が乗っていたことのある馬について電話してきたのに、結婚の話はしなかったんですよ(笑)。
斎藤:今シーズンの冬は名古屋に2カ月間遠征しましたね。
黒澤:あちこちで乗りたいと思っているんです。いろいろな騎手がいるから、どういう競馬をするかを見たい。名古屋の2人からも、レベルが高いと聞いていたので、勉強になると思って行きました。位置取りが厳しく、黙っていたらいい位置を取られます。仕掛けどころも最初はわかりませんでした。小回りコースのいい勉強になりました。
斎藤:茨城出身ですが、北海道を選んだのは、冬の間の馴致をしたいからと聞いたと事があります。冬期間休みに入るホッカイドウ競馬では、その間今年デビューの2歳馬を育てていますが、忙しいし怪我も多く、大変だと聞きます。
黒澤:馬を一から(育てるところから)やりたかったんです。野生馬を馴致するようなものですから、2歳は大変です。2年目からだいぶ慣れてきました。今年は名古屋から戻ってきたら馴致は終わっていて、今は馬場での調教が始まっています。

斎藤:さて、一昨年33勝、昨年29勝と、ここ最近勝ち鞍が急激に増えましたね。
黒澤:乗鞍が増えたからですね。恵多谷先生が「ほかの厩舎手伝いに行け」と行ってくれるんです。やさしい先生です。
骨折もないですね。運がいいのかも。
また、2年前に結婚したことで、「稼がないと」って(笑)。頑張らないといけない、という気持ちが強くなりました。
斎藤:では、今は休みの日は家族サービスでしょうか。趣味は何でしょうか。
黒澤:家族で出かけたりもしますが、ゲームが好きです。特に「モンスターハンター」で、(阿部)龍も好きで、一緒にやりますよ。
斎藤:体が小さいということで、有利になることはありますか?
黒澤:ないですね。腕も短いし、不利なことが多いですが、それを埋めるために、レースでは馬を気持ちよく走らせることを大事にしています。
センターでは木馬に乗ったり器具を使ったり、ひたすら筋トレをしました。体が小さいから、誰より筋力をつけたいと思っています。背筋は160キロくらいありますが、騎手は馬に乗っていると背筋がつくんですよ。大事なのはバランスよく筋肉をつけることです。これからはもっと下半身に筋肉をつけて体重を増やしたいです。
今の体重は38キロ。食べても太らないんです。鉛は、特注のゼッケンにつけているんです。鉛だけで17~18キロになりますね。札幌は検量所から装鞍所までがとても遠かったので、手押し車に乗せて歩いていました。門別も、装鞍までは階段を登っていくから結構大変なんです。名古屋はすぐ後ろだったんですが。
斎藤:黒澤さんの筋肉はすごそうですね。パドックで軽々と飛び乗りしているのもすごい。
黒澤:センターでは1人で飛び乗りができないといけないんで。でも、意外と最初からすぐできたんです。
斎藤:先行と追い込みではどちらが好きですか。
黒澤:はじめは逃げ、先行が好きでしたが、最近は差しが好きになりました。オンワードリーベという馬に乗ってからです。門別は広いし直線が長く、差しが決まるからおもしろい。
いつも、スタンドから見ると、ナイター競馬はとてもきれいなんじゃないかと思っているんです。一度客として見てみたいですね。乗っていてもスタンドはきれいに見えますよ。コースは、旭川は暗かったですが、門別はとても明るいんです。
JRAでは一昨年初めて乗りました。芝は、クッションがきいていて、じゅうたんの上を走っているような、不思議な感じでした。中央で活躍している人が隣にいて、新鮮でしたね。

斎藤:目標の騎手を教えてください。
黒澤:五十嵐騎手ですね。リーディングを獲るだけではなく、ずっとそれを保つというのはすごいことです。
山口さんには、オレンジ帽の時から優しく教えてくれました。馬乗りもうまいし。
斎藤:黒澤さんを見ていつも思うのは、ハンディをハンディと思わないところが素晴らしいです。
黒澤:負けず嫌いなんですね。特に、ハンディがあるとは思っていないです。そこは、自分で補っていけたらと。小さい体で頑張っていますので、門別に来てください。
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※インタビュー / 斎藤友香
ばんえい競馬は平地競馬に比べて騎手の技量が結果につながる割合が高いという面がある。となると、頼りになるのは経験豊かなベテランジョッキー。そのひとりである安部憲二騎手は、騎手会副会長としてばんえい競馬を盛り上げる役割も担っている。
安部騎手は2012 年12 月2日にフジテレビ/関西テレビ系列で放映された『ほこ×たて』で、ばんえい競馬の威信をかけて「絶対に滑らない最強のゴムシート」と戦った。

対戦の話があって、出す馬はテンマデトドケ(服部義幸厩舎)に決まったんですが、その主戦騎手の長澤(幸太)くんが「テレビだと緊張してしまう」と言い出して、それで関係者全体で話し合った結果、僕が手綱を取ることになったんです。全国放送ですから、なんとしてもアピールしなきゃと思ったので、どんなパフォーマンスができるかという問い合わせには、いろいろ提案しましたよ。そのひとつが綱引き。相撲部やら柔道部やらアメフト部の人が来て対戦しました。放送上ではテンマデトドケが圧勝していますが、じつは1回負けているんです。馬って、体が前に進むようにできているから、ふっと力を抜いたときに後ろに引っ張られると対応できないんです。
そういった経緯がありつつも収録は進み、本番の勝負では快勝となった。
ソリが軽すぎるとゴムシートに乗せたその前部が浮き上がってしまうので、荷物と合わせた総重量は800kgに設定しました。それでもまあ勝てるかな、とは思っていましたけどね(笑)。ばん馬のすごさを宣伝することができてよかったです。
テレビ収録が初のコンビながら好結果。ばんえい競馬では平地以上に人と馬とが呼吸を合わせることが重要だ。
いちばんの基本はまっすぐ進ませること。次の基本は負荷をかけるメリハリですね。叩く、すかす、しゃくる。第2障害を降りてからの5m、10 mの間に、その3つのうち、その日のその馬はどれがいちばん反応がいいのか判断するんです。「すかす」は手綱をゆるめる動作。「しゃくる」は、荷物を曳いているとだんだん頭が下がってきますから、その頭を起こす動作ですね。馬は気持ちで頑張りますから、それを感じてやらないと。あとはハミ。ハンドルにもアクセルにもブレーキにもなりますから、正しいハミ遣いができるかどうかで、100の能力が20にも120にもなるんです。

北見記念ではギンガリュウセイを連覇に導いた
写真●ばんえい十勝
ばんえい競馬において、そういった技術を習得するには、たくさんの経験が必要だ。
ばんえい競馬は親類関係などの絆がとても深いんですが、僕はそれを持っていませんでした。それもあって、減量がなくなってから2年くらいは、厩務員として担当している馬でレースに出るのが大半。だから何かきっかけを作ろうと考えましたよ。それで行き着いたのが、人前に多く出るということ。用もないのに調教コースに行って、いろいろな人と話しました。そういったなかで、だんだん結果が出てきたように思います。あと、ばんえい競馬はその馬のことを知っていないと、というところがあります。だから絶えずレースVTRを見て、現役馬を全て覚えました。今でも調教中に見える馬とか、その名前などがわかりますよ。
手綱を取る役目がいつ来てもいいように準備する。それが「テン乗りの安部」という異名につながっているのかもしれない。
勘はよく当たるほうかな、とは思っていますけれどね。でもそれも必要なことで、第2障害を越えさせるための技術は、瞬間芸のようなものだと思っているんです。能力的に抜けているわけではない馬を、ロスなく上げさせるためにはどうすればいいのか。第2障害に挑むとき、馬は前傾姿勢になりますから、ヒザをつく可能性が高くなるんですよね。そうなる手前のギリギリのところで手綱を一気に引っ張って体を起こすんです。そのタイミングの見極めが、瞬間芸という意味ですね。自分としては、第2障害に自信を持っているんですよ。
宮城県北部出身の安部騎手が北海道に来てから30 年が経った。そのなかで、調教方法も少しずつ変わってきているらしい。
馬の背中に乗って運動させることが減りましたね。以前は朝にソリを曳いて、夕方は乗り運動でした。競馬場の平地コースで競走したこともありますよ。でも乗り運動は、馬を御す上で重要なことだと思うんですよ。要は人間も馬も慣れなんですが、人が乗らない、だから馬も慣れないという流れになってしまっている気がしますね。
何しろ相手は強大なパワーの持ち主。信頼関係を築かないと人間が危ない。
去年(2012年)の夏、馬に蹴られてしまいました。そのときは馬場入場時にトラブルがあって、それでもスタート地点に着けたことで気が緩んだんでしょうね。いつも通り、ソリの横でレース前の準備をしていたその場所が、普段よりすごく前。そうしたらいきなり後ろ脚が飛んできたんです。瞬間的に防御の構えをとりましたが、左手の指が裂傷、右手の甲の軟骨が変形してしまいました。
人と馬が寝食をともにしてきたばんえい競馬。そこで安部騎手が重ねてきた勝利は1100を超えた。2012 年はギンガリュウセイとのコンビで重賞を2つ勝利している。
帯広記念(2013 年1月2日)は2着でしたが(優勝馬カネサブラック)、あれは悔いが残りました。直前に出走を回避するかもという話を聞いていたので、第2障害で馬に無理をさせていいのか葛藤があったんです。でも馬の様子を確認すると大丈夫そう。それで仕掛けたら、ふた腰で越えてくれました。でも、僕のその気持ちのロスがなかったら、勝てたかもしれないんですよね。だからこんどは大きいレースで、強い馬を負かしたいと思っているんです。
「考える時間は長いけれど、判断は一瞬。そして少しのロスの積み重ねが大きな差になってしまう」という難しさがばんえい競馬にはある。馬は大柄でダイナミックだが、サラブレッドと同様に繊細で敏感なのも特徴だそうだ。だから騎手にもそういった感性が求められるとのこと。力任せに進めばいい、というわけではないのは平地競馬と同じ。スタートからゴールまでの間に機微が詰まっている、世界で唯一の奥深い競馬である。
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取材・文●浅野靖典
安部憲二 (ばんえい)
あべ けんじ
1967年5月3日生まれ おうし座 B型
宮城県出身 岩本利春厩舎
初騎乗/1993年4月17日
通算成績/11,791戦1,125勝
重賞勝ち鞍/北見記念(2回)、旭王冠賞、ばん
えいグランプリ、ばんえいダービー、ばんえい
オークス、ばんえい菊花賞、ばんえい大賞典、
イレネー記念、チャンピオンカップなど22勝
服色/胴白・緑一本輪、そで白緑縦じま
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※2013年2月28日現在
(オッズパーククラブ Vol.29 (2013年4月~6月)より転載)