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馬券おやじは今日も行く(第26回)  古林英一

ばん馬の人たち~装蹄師さんの巻~

 小生、今(金曜夜)、実は東京にいるのである。このコラムの順番をしっかり忘れていたのである。困ったもんである。宿に戻ると、斎藤編集長から「こら~っ、まさか順番を忘れてるわけじゃあるめえなっ!」(※注)という留守電がはいっていたのである。
忘れてました。すんません。

 昔なら、どうしようもないところだが、今はパソコン&ネットの時代である。宿の備え付けのパソコンでこの原稿を書いているのである。便利な世の中になったものである。東京にいてもばんえいが観戦できて馬券も買える。予想紙だって手に入る。なんでもかんでもネットでOKなんぞという錯覚を起こしてしまいがちだが、現実の世の中そうはいかない。

 前回の小生のコラムでは獣医さんの仕事を紹介した。今回は装蹄師さんの仕事を紹介しよう。ITだの、ネットだのといった小賢しい世界とは無縁の職人の世界である。先週だったか「BANBA王」でも、今回紹介する高橋さんのお仕事がリポートされていたので、もしかするとごらんになった方もおられるかもしれない。

 現在、競馬場内で装蹄の仕事をされているのは、高橋さんと千葉さんの2人である。小生がお邪魔したのは高橋さんのほうである。

 高橋修さんは、祖父も、父も装蹄師である。息子さんは高橋さんの仕事を手伝っておられ、お孫さんは現在装蹄師の養成課程で勉強されている。つまり、なんと5代にわたってこの仕事に携わっているのである。

 高橋さんは中学2年生のころから父の手伝いをはじめ、18歳のとき、国家試験に合格し、晴れて一人前の装蹄師になった。法制度が今とは異なり、当時の装蹄師は国家資格である。面白いことに、当時の国家試験には牛の蹄鉄の試験もあったという。牛は偶蹄目であるから、1本の足に小ぶりな2つの蹄鉄が必要だ。小生、残念ながら、牛の蹄鉄というのは見たことがないのだが、地方によっては馬よりも牛が役畜として活用されていた地方もあるから、牛の蹄鉄があっても決して不思議なことはない。もっとも、高橋さん自身も装蹄師の試験以外に牛の蹄鉄を打った経験はないそうだ。

 サラブレッドの場合は、調教用と競走用では蹄鉄を履き替えるらしいが、ばん馬の場合は調教用・競走用の区別はない。「本当はもっと頻繁に履き替えたほうがいいのだけどね」と高橋さんはおっしゃるが、だいたい30日から40日くらいで履き替えるのが一般的だという。

 1頭として同じ脚をもつ馬はいない。したがって、蹄鉄はすべてオーダーメイドである。夏用は11,500円、冬用は13,000円。1頭1頭脚にあわせてつくることを考えれば、決して高い金額ではないだろう。冬用の蹄鉄は、直径19ミリの丸棒を縦割りし、型にいれてあの独特の刻みをつけるのだそうだ。

 ここでちょいと、馬券オヤジの耳より情報である。高橋さんのおっしゃるには、装蹄直後の馬は総じて調子がいいそうである。こりゃあ、耳寄り情報だ……と小生小躍りしたのだが、よく考えると、いつ蹄鉄を履き替えたかという情報は予想紙や出走表を見たってわかりゃしない。う~ん、せっかくの耳寄り情報だったのにぃ。

 高橋さんの腕には無数の、本当に無数といっていいくらい多くの、小さな火傷の痕が残っている。火花が飛びまくる仕事である。真っ赤になった鉄をハンマーで打つたびに、火花が飛び散る。高橋さんの火傷の痕跡は高橋さんのキャリアそのものなのである。こういう職人さんを見ると、「格好ええなあ」と憧れてしまう小生である。それに引き換え、小生なんぞは、釘一本打つわけでもなく、米一粒つくるわけでもないのに、人の仕事を横手からあーじゃこーじゃとぐちゃぐちゃいうだけである。ちゃんとものを作る人を大事にしないとだめなのである。ITだのネットだので、何かが生まれるわけじゃない。

注) ※ 斎藤編集長はかようなものいいをする人ではない。これは斎藤編集長のお言葉が小生の心にはこのように聞こえたという、いわば「文学的表現」なのである。

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